『自分の型』は、どうやって生まれるのだろう。

仕事をしていると、ときどき「その人らしさ」を感じることがあります。

同じ仕事をしている。
同じことを教わっている。
同じような経験をしている。

それなのに、仕事の進め方や判断、言葉の選び方には、少しずつ違いが生まれていく。

「この仕事なら、あの人に任せたい」

そう思われる人には、マニュアルには書かれていない、その人なりの何かがあります。

それを「個性」と呼ぶこともできるし、「強み」と呼ぶこともできるでしょう。

私は、それを**「自分の型」**と呼んでみたいと思います。

では、その型はどうやって生まれるのでしょうか。

最初から持っているものなのでしょうか。

それとも、仕事を続ける中で少しずつ生まれてくるものなのでしょうか。

目次

量をこなせば、質は高まるのか

「量質転化」という言葉があります。

量を積み重ねることで、やがて質的な変化が起こるという考え方です。

仕事でも、

「まずは数をこなそう」
「経験を積めば分かるようになる」

と言われることがあります。

確かに、量は必要です。

一度しか経験したことのない仕事と、100回経験した仕事では違います。

繰り返せば、迷いが減る。
スピードも上がる。
ミスも少なくなる。

でも、ここで一つ疑問があります。

同じことを100回繰り返しただけで、本当に「質」が高まったと言えるのでしょうか。

同じやり方を繰り返せば、そのやり方には慣れていきます。

正確にできるようにもなるでしょう。

けれど、やっていることそのものは、1回目と変わっていないかもしれない。

だとすれば、量によって最初に生まれるものは、「質」ではなく**「習熟」**なのかもしれません。

量は必要です。

でも、量だけでは足りない。

では、何が経験を質へ変えていくのでしょうか。

量を質に変えるのは、「問い」なのかもしれない

同じ仕事を、同じくらいの期間続けている二人がいるとします。

一人は、教わったやり方を正確に繰り返します。

経験を重ねるほど仕事は速くなり、ミスも減っていく。

もう一人も、同じように経験を重ねます。

ただ、その途中で、ときどき立ち止まります。

「なぜ、このやり方なのだろう」

「もっと良くする方法はないだろうか」

「さっきは、なぜうまくいかなかったのだろう」

「別のやり方を試したら、どうなるだろう」

そして次の仕事で、一つだけ変えてみる。

うまくいかなければ戻す。

良くなったと思えば残す。

そして、またやってみる。

また問いを持つ。

また少し変える。

二人とも経験した「量」は同じです。

でも、積み重なっていくものは少しずつ違っていきます。

一人は、同じやり方に習熟していく。

もう一人は、やり方そのものを少しずつ変化させていく。

その違いを生むものが、

「今のやり方で、本当にいいのだろうか」

という問いなのかもしれません。

問いの先には、小さな修正がある

ただ、問いを持つだけでは、仕事は変わりません。

大切なのは、問いのあとに少しだけ変えてみることだと思います。

いきなりすべてを変える必要はありません。

昨日と違うやり方を、一つ試してみる。

誰かの良いところを、一つ取り入れてみる。

失敗した理由を考えて、次は少しだけ変えてみる。

その程度でいい。

そして、また経験する。

経験する。
問いを持つ。
修正する。
また経験する。

この循環を繰り返していく。

そう考えると、「量から質へ」は一直線ではないことが分かります。

量の中に問いがあり、問いの先に修正があり、その修正をまた量の中で試していく。

その繰り返しによって、少しずつ仕事の質が変わっていくのではないでしょうか。

「もっと良くしたい」は、自分を否定することではない

ここで、もう一つ大切にしたいことがあります。

「今のやり方でいいのだろうか」と問い続けることは、

「今の自分ではダメだ」

と自分を否定することではありません。

向上心というと、ときどき、

「まだ足りない」
「もっとできなければいけない」
「今の自分ではダメだ」

と、自分を追い込むことのように捉えられることがあります。

でも、私が考える「満足しない」は少し違います。

「今でも悪くない。でも、もっと良くできないだろうか」

という不満足です。

否定するのは、自分自身ではない。

今のやり方が、本当に最善なのかを疑ってみる。

自分を認めることと、今のやり方に満足しないことは、両立できると思います。

むしろ長く仕事を続けるなら、この違いはとても大切なのかもしれません。

自分を否定し続ければ、いつか苦しくなる。

でも、自分を認めながら問い続けることは、自分の可能性を広げてくれる。

「もっと良くしたい」は、「今の自分ではダメだ」と同じではない。

私は、そう思っています。

最初から「自分らしく」なくてもいい

仕事を始めたばかりの頃から、自分だけのやり方を持っている人は、それほど多くないと思います。

最初は教わる。

真似をする。

決められたやり方をやってみる。

それでいい。

むしろ、基本となる型を知らないまま「自分らしくやろう」とすると、それは個性ではなく、ただの自己流になってしまうこともあります。

「守破離」という言葉があります。

まず、教わった型を守る。

経験を積みながら、少しずつ型を破る。

そして、その先で型から離れていく。

でも実際には、「今日から破に進もう」と明確に切り替わるわけではないでしょう。

何度も経験する中で問いを持ち、

「ここは残したい」

「ここは変えてみたい」

「自分ならこうしたい」

という小さな選択を積み重ねていく。

そうして、誰かから教わった型が、少しずつ自分のものになっていくのだと思います。

「自分ならこうする」が生まれるまで

最初は、

「教わったから、こうする」

だったものが、いつの間にか、

「自分なら、こうする」

に変わっている。

私は、この変化がとても面白いと思います。

誰か一人からすべてを学んだわけではありません。

ある人の考え方を取り入れた。

別の人のやり方を真似してみた。

失敗して、やめたこともある。

うまくいって、残したものもある。

自分で考えて、変えたものもある。

そうやって何年も仕事をしていけば、最初に教わった型とは少し違うものになっていく。

そして、あるとき振り返ると、

「自分ならこうする」

という判断基準が、自分の中にできている。

それが「自分の型」なのではないでしょうか。

個性は、つくるものではなく、残るもの

そう考えると、「個性」という言葉も少し違って見えてきます。

「自分らしさを出そう」

「他人と違うことをしよう」

「自分だけの強みをつくろう」

そんな言葉を耳にすることがあります。

でも、本当の個性は、最初から狙ってつくるものなのでしょうか。

人から学ぶ。

真似をする。

経験する。

問いを持つ。

試してみる。

失敗する。

修正する。

また経験する。

その中で、自分に合わないものは少しずつ消えていく。

一方で、

「これは大切にしたい」

と思ったものは残っていく。

その積み重ねの先に、その人にしかない組み合わせができていく。

だとすれば、

個性とは、無理につくるものではなく、経験の中で問い続けた結果として残るものなのかもしれません。

誰かと違おうとしなくてもいい。

自分らしくあろうと、焦らなくてもいい。

問い、選び、修正してきたものの積み重ねが、結果としてその人らしさになる。

私は、そんなふうに考えています

自分の型は、完成しない

そして、自分の型は一度できたら完成するものでもないと思います。

経験が増える。

立場が変わる。

一緒に働く人が変わる。

社会も変わる。

昨日まで通用していたやり方が、いつまでも正しいとは限りません。

だから、

自分の型を持つことと、自分の型に固執することは違う。

「これが自分のやり方だから」

と問いをやめた瞬間、自分の型は再び単なる反復になってしまうかもしれません。

自分なりの型を持ちながら、その型さえも、ときどき疑ってみる。

そしてまた、少し変えてみる。

だから成長とは、

量 → 問い → 修正 → 質 → 独自性 → 成果

という一本道ではなく、

経験 → 問い → 修正 → 経験 → 問い → 修正……

という循環なのだと思います。

その円を何度も回しているうちに質が高まり、結果として自分の型が生まれていく。

そして、その型もまた変わり続ける。

自分らしさは、歩いてきた跡なのかもしれない

「自分らしく働く」とは、どういうことなのでしょう。

他人と違うことをすることでしょうか。

自分だけの特別な才能を見つけることでしょうか。

私は、もう少し身近なところにあるような気がしています。

誰から学んだのか。

何を真似したのか。

どんな失敗をしたのか。

何に疑問を持ったのか。

何を変えたのか。

そして、何を残してきたのか。

その一つひとつが積み重なって、今の自分の仕事の仕方をつくっている。

だとすれば、

自分らしさとは、自分が歩いてきた跡なのかもしれません。

最初から「自分らしくしなければ」と焦らなくてもいい。

まず、やってみる。

人から学ぶ。

たくさん経験する。

そして、ときどき立ち止まって問いかける。

「今のやり方で、本当にいいのだろうか。」

その問いの先で、一つだけ変えてみる。

それを何度も繰り返しているうちに、

「自分なら、こうする。」

が少しずつ増えていく。

その積み重ねが、いつの日か「自分の型」と呼べるものになるのではないでしょうか。

あなたには今、

「自分なら、こうする」

と言えるものがありますか。

もしあるとしたら、それはどんな経験と、どんな問いの積み重ねから生まれたものでしょう。

そして、その答えの中に、

あなた自身の「自分らしさ」が隠れているのかもしれません。

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