はじめに
仕事で成果を上げた人が表彰される。
高い売上を残した人、目標を達成した人、大きなプロジェクトを成功させた人。
その努力や能力が認められ、評価につながることは、とても大切なことだと思います。
一方で、少し立ち止まって考えてみたいことがあります。
その成果は、本当に一人の力だけで生まれたものなのでしょうか。
誰かが困る前に問題に気づき、仕事が滞らないように動いている人。
周囲の状況を見ながら、必要な役割を引き受けている人。
日々変化する業務に対応し、組織が円滑に動く環境を整えている人。
こうした仕事は、必ずしも目立つものではありません。
けれど、その人たちがいなければ、成果を生み出すこと自体が難しくなる場面もあるはずです。
私は長く組織の中で働き、マネジメントに携わるなかで、そうした人たちに何度も支えられてきました。
同時に、その貢献が十分な評価につながらない現実も見てきました。
私たちは、仕事の何を成果と呼び、何を価値として認めているのでしょうか。
今回は、組織の評価と、そこで働く一人ひとりの仕事の価値について考えてみたいと思います。
数字に表れる成果、その裏側にある仕事
会社が事業を続けていくために、売上や利益、目標の達成といった数字は欠かせません。
数字は成果を客観的に捉えるための重要な指標です。
努力の結果が目に見える形になることは、働く人にとっても大きなやりがいになるでしょう。
だからこそ、数字を残した人が正当に評価されることには、十分な意味があると思います。
ただ、数字には一つの特徴があります。
数字は成果を示してくれても、その成果が生まれるまでの過程を、すべて教えてくれるわけではありません。
例えば、ある人が大きな成果を残したとします。
その人自身の努力や能力があったことは間違いないでしょう。
しかし、その仕事を進めるために必要な準備をしていた人や、問題が起きないように調整していた人がいたかもしれません。
誰かが別の業務を引き受けてくれたことで、成果を出すことに集中できたのかもしれません。
そして、こうした働きは、特定の職業だけに存在するものではありません。
どのような職場にも、直接的な成果として表れやすい仕事と、その成果を支える仕事があるはずです。
もちろん、すべての成果を全員の手柄にする必要はありません。
個人が生み出した価値は、きちんと認められるべきです。
ただ、その成果に至るまでに、ほかの誰が、どのような形で関わっていたのか。
そこに目を向けることも、組織にとって大切なのではないでしょうか。
私たちは、目に見える成果に注目するあまり、その成果を支えている仕事を見過ごしていないでしょうか。
私たちは、何を実績と呼んでいるのだろうか
「実績がある人」と聞いたとき、どのような人物を思い浮かべるでしょうか。
高い売上を残した人。
難しい目標を達成した人。
大きな仕事を成功させた人。
こうした人たちは、確かに優れた実績を持っています。
では、周囲の状況を広く見渡し、必要なことに自ら気づいて行動できる人はどうでしょう。
複雑な業務を正確に進められる人。
変化する環境に柔軟に対応できる人。
誰かの成長を支え、チーム全体の力を高められる人。
そこにも、仕事をするうえでの専門性や能力があると思うのです。
私は、マネジメントの経験を通じて、そうした能力を持つ人が組織にとってどれほど重要なのかを感じてきました。
しかし、それらの貢献は、一つの数字として表すことが難しい場合があります。
だからこそ、十分に評価されないことがあるのではないでしょうか。
ここで考えたいのは、数値化されにくいことと、評価できないことは同じではないということです。
自ら課題に気づき、行動したこと。
新しい業務を習得し、周囲を支えたこと。
誰かが成果を出せる環境を整えたこと。
その行動や組織への影響は、数字だけではなく、具体的な事実として捉えることができるはずです。
もちろん、定性的な評価には難しさもあります。
評価する側の好き嫌いや印象に左右されてしまえば、別の不公平が生まれてしまいます。
だからこそ、単に「頑張っている」「人柄がよい」という曖昧な判断ではなく、どのような能力を発揮し、何に貢献したのかを丁寧に見ていく必要があるのでしょう。
そして、もう一つ忘れたくないことがあります。
成果を出す人と、周囲を支える人は、必ずしも別々の人間ではありません。
高い成果を残しながら、周囲の成長にも貢献している人がいます。
組織を支える仕事に優れながら、自らも成果を生み出している人がいます。
人の能力は、一つの役割だけでは測れないものです。
何を評価するかが偏れば、誰が評価されるかも偏ってしまう。
だからこそ、私たちは改めて考える必要があるのではないでしょうか。
何を実績と呼び、どのような能力に価値を認めるのかを。
評価される仕事だけを選ぶようになったら
仕事に対する評価は、働く人の行動にも影響を与えます。
例えば、個人の数字が昇給や昇格に大きく影響する組織があったとします。
その環境で働く人が、自分自身の数字を優先しようとすることは、決して不自然ではありません。
むしろ、会社が示している評価基準に沿って、努力しているとも言えるでしょう。
一方で、周囲を支える仕事に時間を使えば、自分自身の成果を伸ばす機会が少なくなることもあります。
組織のために必要な仕事を引き受けた結果、自分の評価が下がってしまうとしたら。
その人は、次も同じように行動しようと思えるでしょうか。
私は、ここに大きな矛盾を感じています。
会社は、チームワークを大切にしてほしいと伝える。
周囲と協力し、助け合い、後輩の成長を支えてほしいと期待する。
しかし、実際の評価では個人の数字ばかりが重視される。
会社が求めている働き方と、会社が報いている働き方が、一致していない。
そんな状況が生まれてしまうのです。
また、組織を支える仕事が、新人や経験の浅い人に偏ってしまうこともあります。
もちろん、さまざまな業務を経験し、仕事の仕組みを理解することは大切です。
しかし、特定の人ばかりが支える役割を担い、自分の能力を発揮する機会を得られなくなったとしたら、どうでしょう。
仕事へのやりがいや、成長の機会にも影響するはずです。
評価の偏りは、単に給与や昇格の問題だけではなく、仕事の分担や組織の文化にもつながっていきます。
そして、評価される仕事だけを選ぶ人が増えたとしても、その人たちだけを責めることはできません。
その行動を促しているのは、組織の仕組みそのものかもしれないからです。
もちろん、誰もが同じように周囲を支えたり、他者を育成したりすることを得意としているわけではありません。
個人として高い成果を追求する働き方も、尊重されるべきでしょう。
ただ、それぞれの強みを認めることと、組織に必要な役割を一部の人だけに任せ続けることは違います。
異なる強みを認めながら、必要な仕事を公平に担い、その貢献にも報いること。
それが、組織として考えるべきことなのではないでしょうか。
見つけることと、報いること
「いつも助かっています」
「あなたがいてくれてよかった」
一緒に働く人から、こうした言葉をかけてもらえることは、うれしいものです。
自分の仕事を誰かが見てくれている。
自分の存在が、組織の役に立っている。
そう感じられることには、大きな意味があると思います。
しかし、その言葉だけでは埋められないものもあります。
私はかつて、組織を支える仕事を担う人の能力や貢献を高く評価しながらも、それを十分に待遇へ反映できなかった経験があります。
役割に応じた目標を考え、数字に表れない貢献も評価していたつもりでした。
それでも、昇給などの判断においては、個人の実績が重視されることがありました。
本人の価値を認めていても、それに報いることができない。
その難しさと、もどかしさを感じてきました。
もちろん、会社には限られた原資があり、すべての貢献を昇給につなげることは簡単ではありません。
また、何となく印象のよい人を高く評価することが、公平な評価とも言えません。
だからこそ、評価する側には、何を、なぜ評価するのかを説明できることが求められるのだと思います。
具体的な行動や組織への影響を捉え、異なる能力や役割に応じた評価の基準を考える。
そのうえで、給与や役割、成長する機会などに、どのように反映させていくのかを考える必要があります。
働く人が何を大切にしているのかも、一人ひとり異なるでしょう。
給与を重視する人もいれば、新しい役割への挑戦や、自分の能力を発揮する機会を大切にする人もいます。
これらは、どれか一つだけで考えるものではなく、複合的に捉える必要があると思います。
そして今、AIによって数字の集計や分析が、以前よりも容易になってきました。
しかし、分析する技術が進歩しても、何を価値として捉えるのかという問いがなくなるわけではありません。
むしろ、数値化しにくい仕事や、人が持つ複数の能力をどう理解するのか。
そうした複雑な部分にこそ、人が丁寧に向き合う必要があるのではないでしょうか。
仕事の価値に気づくことと、その価値に正当に報いること。
どちらか一方だけでは、十分ではないのだと思います。
私たちは、誰の仕事を見ているのだろう
ここまで、組織の評価について考えてきました。
しかし、最後に少し視点を変えてみたいと思います。
私たち自身は、一緒に働く人のどんな姿に目を向けているでしょうか。
大きな成果を残した人の仕事には、自然と注目が集まります。
その努力を認め、称賛することは大切です。
では、日々の仕事が滞りなく進んでいるとき、その環境を支えている人の存在に、どれほど気づいているでしょうか。
誰かが問題を解決してくれていたこと。
自分が仕事に集中できるように、別の役割を担ってくれていたこと。
見過ごしていた業務を、誰かが当たり前のように進めてくれていたこと。
組織の中には、意識して目を向けなければ、気づきにくい貢献があると思います。
そして、それは管理職や経営者だけが考えることではありません。
同じ職場で働く私たち一人ひとりにも、できることがあるはずです。
誰かの仕事の価値に気づくこと。
その人が発揮している能力を、具体的に言葉にすること。
必要な仕事が特定の人に偏っていないか、考えてみること。
そして、自分自身もまた、誰かの仕事を支えている存在であることに目を向けること。
ただし、周囲への感謝や気配りだけで、組織の評価制度が抱える問題を解決できるわけではありません。
個人の善意だけに頼れば、気づいて行動できる人ほど負担を抱えることにもなりかねません。
だからこそ、日々の仕事の中で互いの貢献に気づくことと、組織がその価値を正当に評価することは、切り離してはいけないのだと思います。
そして、もう一つ大切にしたいことがあります。
一人の人間を、現在の役割や、目に見える一つの実績だけで判断しないことです。
私たちは誰もが、異なる強みや可能性を持っています。
その能力が十分に発揮されていないのは、本人の問題だけではなく、与えられている役割や機会によるものかもしれません。
相手の仕事をよく見るということは、その人の今の成果だけでなく、まだ十分に見えていない能力や可能性にも目を向けることなのだと思います。
私たちは、誰かの仕事を評価するとき、その人の何を見ているのでしょうか。
おわりに|仕事の価値は、一つの物差しでは測れない
成果を出す人がいる。
その成果を支える人がいる。
そして、その両方の役割を担っている人もいます。
どの仕事が上で、どの仕事が下ということではありません。
それぞれの仕事には異なる価値があり、その一つひとつが組織を形づくっています。
数字を大切にすることと、数字に表れない貢献を認めることは、決して矛盾するものではないはずです。
むしろ、両方に目を向けることで、これまで見えていなかった仕事の価値に気づけるのかもしれません。
評価の仕組みを変えることは、簡単ではありません。
それでも、私たちが何を成果と捉え、誰のどんな仕事に価値を認めるのかを問い直すことには、意味があると思います。
誰かが大きな成果を残したとき。
その成果を称えると同時に、そこに至るまでの仕事にも、少しだけ目を向けてみる。
そのとき、これまで気づかなかった誰かの能力や貢献が、見えてくるかもしれません。
あなたの職場には、まだ十分に見つけられていない、大切な仕事がありませんか。

