知らなかった未来を、私は生きている。

人生には、経験する前には想像できないことがあります。

結婚すること。
仕事を変えること。
誰かと暮らすこと。
そして、子どもを持つこと。

大きな選択をするとき、私たちはできる限り、その先にある未来を想像しようとします。

何を得るのか。
何を失うのか。
どんな生活になるのか。

私も、親になる前には「子どもがいる人生」を想像していたはずです。

でも今振り返ると、想像していた未来と、実際に生きている未来は少し違いました。

大変さを知らなかったからではありません。

むしろ不思議なのは、

そこにある幸せの中に、存在することさえ知らなかったものがあったことです。

目次

想像できた大変さと、想像できなかったもの

子どもを育てることには、たくさんの現実があります。

お金がかかる。
自由に使える時間が減る。
自分の都合だけでは動けなくなる。
仕事との両立に悩むこともある。

もちろん、実際に経験して初めて分かる大変さもあります。

ただ、その多くは親になる前にも、ある程度は想像することができました。

一方で、想像することすらできなかったものもありました。

それは、何気ない日常の中にありました。

ある日、子どもからこんなことを言われました。

「パパは1番の親友だよ」

特別な日だったわけではありません。

何か大きな出来事があったわけでもありません。

子どもが何気なく言った、たった一言です。

でも、その言葉を聞いたときの気持ちは、親になる前の私には想像できなかったと思います。

「いつか子どもから、こんな言葉をもらえる人生がある」

そんな未来が存在することすら、当時の私は知りませんでした。

幸せを感じる場所が変わった

親になる前の自分を振り返ると、幸せについて深く考えることは、それほど多くなかったように思います。

もちろん、幸せを感じることはありました。

結婚のような大きな出来事。
欲しかったものを手に入れたとき。
自分自身が満たされたと感じるとき。

でも家族を持ってから、少し変わりました。

自分が満たされること以上に、家族が満たされていると感じる瞬間に、大きな喜びを感じるようになったのです。

子どもが楽しそうに笑っている。

何気ない言葉をかけてくれる。

一緒に過ごした時間を喜んでくれる。

以前なら見過ごしていたかもしれない、小さな出来事。

そんな一つひとつに、幸せを感じるようになりました。

親になったことで、幸せな出来事が増えたというより、

幸せを感じる場所そのものが増えた。

今の私は、そんなふうに感じています。

だから、子どもを持ったほうがいい?

ここまで読んで、

「では、子どもを持ったほうが幸せなのか」

と思う人もいるかもしれません。

私は、そうは思いません。

結婚しない人生もある。

子どもを持たない人生もある。

一人で生きることに幸せを感じる人もいる。

仕事や趣味、友人との時間に、大きな喜びを感じる人もいるでしょう。

どれか一つを「正しい人生」と決める必要はないと思っています。

そして、子どもを持つことによって得られるものだけでなく、失うものや背負うものがあることも事実です。

だから私は、

「子どもを持ったほうがいい」

とは言いたくありません。

私が伝えられるのは、あくまで子どもを持った一人の人間として、

「私は、選ぶ前には知らなかった未来を知った」

ということだけです。

少子化について考えるとき

日本では、少子化についてさまざまな議論があります。

経済的な負担。
仕事と子育ての両立。
保育や教育。
住まい。
将来への不安。

どれも大切な問題です。

子どもを持ちたいと思う人が、経済的な事情や社会の仕組みによって諦めなくてもいい環境をつくることも必要でしょう。

でも私は、少子化について考えるとき、もう一つ語られてもいいことがあるように思います。

それは、

実際に親になった人が、親になる前には知らなかったことを語ることです。

子育ての大変さだけではありません。

かといって、「子育ては素晴らしい」と美しく描くだけでもありません。

大変だったことも。
失ったものも。
思い通りにならなかったことも。

そして、

経験する前には存在することすら知らなかった喜びも。

その両方を語る。

それは誰かに同じ人生を勧めることではなく、一つの人生の可能性を伝えることなのではないでしょうか。

私たちは、知らない未来を選んでいる

考えてみれば、これは子どもを持つことだけの話ではありません。

人生の大きな選択の先には、いつも自分の知らない未来があります。

転職した先で出会う人。

結婚したことで変わる日常。

何かを諦めたからこそ始まる人生。

挑戦したことで初めて知る自分。

私たちは未来を完全に知ってから、人生を選ぶことはできません。

どれだけ考えても、選ぶ前に見えるのは、その未来の一部分だけです。

だから人生の選択とは、

「どちらを選べば幸せになれるか」を当てることではないのかもしれません。

分からないものが残ったまま、それでも自分はどんな人生を生きたいのかを考える。

そして選んだ先で、想像していたものも、想像していなかったものも引き受けながら生きていく。

私は親になるという選択をしました。

その先には、大変なこともありました。

そして同時に、

親になる前の私には存在することさえ知らなかった幸せがありました。

今、私はその未来を生きています。

あなたは、どんな人生を生きたいですか

未来のすべてを知ることはできません。

だから、誰かが自分の代わりに正解を決めることもできないのだと思います。

結婚することも。

しないことも。

子どもを持つことも。

持たないことも。

それぞれの選択の先に、その人にしか知ることのできない未来がある。

私が自分の経験から伝えられるのは、たった一つです。

人生には、経験する前には存在することさえ知らない未来がある。

それが幸せなことばかりだとは限りません。

だからこそ、自分に問いかけてみたい。

私は、どんな人生を生きたいのだろう。

そしてあなたは、

どんな未来を生きてみたいですか。

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