最近、「人的資本経営」という言葉を耳にする機会が増えました。
人を単なるコストではなく、価値を生み出す存在として捉え、教育や経験、働く環境に投資していく。
とても大切な考え方だと思います。
でも、この言葉について考えていると、私は少し立ち止まりたくなります。
そもそも、人は会社のために成長する存在なのでしょうか。
会社が求める人材になることだけが、働く人の成長なのでしょうか。
人は会社の一員である前に、一人の人生を生きています。
だからこそ、会社の成長と個人の人生を、どちらか一方に合わせるのではなく、
「どうすれば、会社と個人がともに活きることができるのか」
を考えてみたいと思います。
「会社のために人を育てる」のか
会社が人を育てる。
この言葉自体には、何も違和感はありません。
仕事を教える。
研修を用意する。
新しい経験を任せる。
能力を発揮できる場所をつくる。
企業が人に投資することは、とても大切です。
でも、その目的が、
「会社が必要とする人材をつくる」
だけになってしまったら、少し違うような気がします。
会社には、目指す未来があります。
一方で、働く一人ひとりにも、
「こんな仕事をしてみたい」
「こういう力を身につけたい」
「こんな働き方をしたい」
「こんな自分でありたい」
という、それぞれの在りたい姿があります。
会社のためだけに個人が成長するのではなく、
一人ひとりが自分の在りたい姿に近づいていった結果として、会社も成長していく。
私は、そんな関係の方が長く続くのではないかと思っています。
会社が人を育てるというより、
人が育つことのできる会社をつくる。
似ているようで、少し違う考え方です。
会社の未来と、自分の在りたい姿
もちろん、会社は学校ではありません。
企業には事業の目的があり、達成したい目標があります。
だから、
「自分はこうしたい」
という個人の希望だけですべてが決まるわけではありません。
大切なのは、
会社が目指しているものと、自分の在りたい姿がどこで重なるのかを探すこと
なのだと思います。
例えば、会社が新しい事業に力を入れようとしている。
そこに、
「自分も新しい領域に挑戦してみたい」
という人がいる。
そこには、一つの重なりがあります。
反対に、
今の仕事を続けることが、本人の在りたい姿から少しずつ離れていくこともあります。
そんなときに必要なのは、
「会社に合わせなさい」
でも、
「自分の好きなようにすればいい」
でもありません。
もう一度、重なる場所を一緒に探してみること。
そこから始めればいいのではないでしょうか。
上司は、「在りたい姿」を機会につなげる
そのとき、現場で大きな役割を持つのが上司だと思います。
売上や数字、短期的な目標について話すことはもちろん必要です。
でも、それだけではなく、
「この人は数年後、どうなっていたいのだろう」
「どんな仕事に関心があるのだろう」
「最近、何を楽しいと感じているのだろう」
と、その人自身のキャリアに関心を持ち続けることも大切です。
そして、話を聞くだけで終わらせない。
本人から小さな関心が見えてきたら、
仕事を少し任せてみる。
研修への参加を勧めてみる。
詳しい人とつなげてみる。
場合によっては、別の部署で挑戦できるよう働きかける。
本人の在りたい姿を、実際の機会につなげる。
ここまでできて初めて、キャリアに寄り添うことになるのかもしれません。
ときには、自分のチームで活躍している人を、別の場所へ送り出さなければならないこともあるでしょう。
短期的に考えれば、それは痛手かもしれません。
でも、
「ここに残ってもらうこと」
より、
「この人の可能性が広がること」
を選べる上司が増えれば、長い目で見たとき、その会社への信頼も大きくなるように思います。
すべての人が、成長し続けなくてもいい
一方で、少し気をつけたいこともあります。
「人の成長を大切にしよう」
という考え方が強くなりすぎると、
今度は“成長し続けなければならない”という新しいプレッシャー
を生んでしまうことがあります。
昇進したい人もいる。
新しい仕事に挑戦したい人もいる。
でも、
今の仕事を丁寧に続けたい人もいる。
家庭との時間を大切にしたい時期もある。
責任の範囲を広げるより、今の生活を安定させたい人もいるでしょう。
それも、その人が選んだ在り方です。
上へ行くことだけが成長ではありません。
同じ仕事でも理解が深くなることもある。
人への接し方が変わることもある。
あるいは、
「今の自分には、これで十分だ」
と知ることも、一つの成熟なのかもしれません。
会社が一人ひとりの在りたい姿を尊重するのであれば、
会社が考える「成長」を、全員に押し付けないことも大切だと思います。
自分の人生を、会社に預けすぎない
ただし、会社が個人を尊重するだけでは、この関係は成り立ちません。
個人にも役割があります。
まず、今の仕事で期待されている役割を理解し、成果を出そうとすること。
そして、
「自分がどうなりたいのか」
を、会社にすべて決めてもらおうとしないこと。
必要であれば学ぶ。
興味のあることを調べる。
やってみたいことを言葉にする。
機会があれば、自分から手を挙げてみる。
会社が目指すものと、自分の在りたい姿の間に、
「ここならつながるかもしれない」
という場所を、自分自身でも探してみる。
それからもう一つ。
思っていることを、誠実に伝えること。
やりたいこと。
迷っていること。
今の仕事に感じている違和感。
これから大切にしたいもの。
会社側も個人側も、相手が何を考えているのか分からなければ、重なる場所を探すことはできません。
会社は、個人の人生を会社の都合だけで決めない。
個人も、自分の人生を会社だけに決めてもらおうとしない。
その間にあるものを、対話しながら一緒につくっていく。
そんな関係が理想なのだと思います。
自分で選んだことを、自分で引き受ける
キャリアについて考えるとき、
「会社がこうしてくれなかった」
と思うことはあります。
実際に、会社側に改善すべきこともあるでしょう。
でも、最後にどの道を選ぶのかは、自分自身です。
挑戦する。
今の場所に残る。
異動を希望する。
昇進を目指さない。
別の会社へ進む。
どの選択にも、正解があるわけではありません。
大切なのは、
自分で選んだ道として、その選択を引き受けること。
会社が機会をつくる。
上司が支える。
誰かが相談に乗ってくれる。
それでも、自分の人生を歩くのは自分です。
キャリアを自分で選ぶということは、自由になることと同時に、自分の選択に責任を持つことでもあるのだと思います。
「合わなくなった」は、誰かの失敗ではない
会社と個人の目指すものが、ずっと重なり続けるとは限りません。
会社の方針が変わることもあります。
事業が変わることもある。
個人の価値観が変わることもあります。
結婚や子育てなど、生活そのものが変わることもあるでしょう。
以前は心地よく重なっていたものが、少しずつ離れていく。
それは必ずしも、誰かが悪いからではありません。
ミスマッチそのものは、悪ではない。
むしろ、
「何かが変わってきた」
ことを教えてくれる一つのサインなのだと思います。
個人なら、一度自分のキャリアを棚卸ししてみる。
今まで何を経験してきたのか。
何を大切にしたいのか。
これから、どんな働き方をしたいのか。
そして、ときには会社の外にも目を向けてみる。
会社側も、
配置を変えられないか。
別の仕事を任せられないか。
新しい役割をつくれないか。
もう一度、重なる場所を探してみる。
その努力は必要です。
一緒に歩く時期に、一区切りがつくこともある
それでも、どうしても重なる場所が見つからないことはあります。
そんなとき、
「辞めることになったから失敗だった」
と考えなくてもいいのではないでしょうか。
会社と個人が、一緒に歩く時期に、
一区切りがついた。
そう考えることもできると思います。
一緒に働いた時間の中で、
会社はその人から力をもらった。
その人も、会社から経験や学びをもらった。
そして、それぞれが次の場所へ進んでいく。
人を大切にする会社とは、
何が何でも人を引き止める会社ではなく、
その人の次の人生まで尊重できる会社
なのかもしれません。
そして個人も、
離れることを会社への裏切りと考えるのではなく、
「ここまで一緒に歩いてきた」
という経験を大切にしながら、次の選択をする。
そんな関係であれば、会社を離れたあとにも、良い関係が続くことがあります。

